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梅花女学校 旧校地(土佐堀裏町)

成瀬仁蔵が女子に「球籠遊戯」を教えたとされる地。

大阪市西区

大阪市西区

大阪府大阪市西区江戸堀1丁目付近(旧・土佐堀裏町)

教育者の成瀬仁蔵は1891年に渡米して女子大学などを視察し、1894年に帰国して梅花女学校の校長に就いた。このとき、米国で知った女子向けのバスケットボールを日本の女子に合わせて改め、「球籠遊戯」として授業に取り入れたとされる。梅花学園はこれを日本で初めての例とし、成瀬を日本の女子バスケットボールの最初の紹介者と位置づけている。

この場所で起きたこと

梅花女学校は1878年に大阪の土佐堀裏町で開校した。この場所は現在の大阪市西区江戸堀1丁目にあたる。学校はその後移転しており、当時の校舎は残っていない。旧校地に球籠遊戯やバスケットボールを伝える碑や説明板があるかどうかは、今回の調査では確認できなかった。球籠遊戯は、成瀬がのちに創立した日本女子大学校の「日本式女子バスケットボール」の原型とされる。

現地は市街地で、訪ねても当時を示す建物は見られない。球籠遊戯はネイスミスのルールそのままの競技ではなく、女子向けに改めたものである。このため、日本への伝来の始まりを1894年の成瀬とするか、1908年に東京YMCAで紹介した大森兵蔵とするかは、資料によって扱いが異なる。事典類には成瀬に触れず大森から書き始めるものもある。

施設概要

所在地
大阪府大阪市西区江戸堀1丁目付近(旧・土佐堀裏町)
営業時間
校舎は現存しない
料金・規模
―(見学施設なし)
開設
1878年に梅花女学校開校、1894年に成瀬仁蔵が球籠遊戯を導入
公式サイト
baika.ac.jp

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